2006年01月17日
里谷多英、4回目の五輪
里谷多英が五輪に出場することになったのは、私としては喜ばしいことだ。応援してるからね。
里谷は五輪4回連続出場である。すっげーなぁって思ってたら、スケートの岡崎4回目、ジャンプの原田は5回目だって。これまた驚き。
里谷には是非ともメダルをとって欲しい。って、前も書いたよねぇ。くどい?
もちろん、上村も畑中もガンバって欲しい。イケると思う。
だからこそ「ガンバレ里谷多英!」と言いたい。
フロントフリップで大コケして自信なくしてるってぇ?
気にするな。エアはジャッジの25%だ。あんたにはターンとスピードがあるやろ。75%はあんたのもんや。だいたい、自信なくすっちゅータマやないやろぉ。
里谷多英の滑りを(特に現場でその目で)観たら、やっぱ凄いってみんなが思うよ。
他の多くのモーグラーの滑りが「上手い」「綺麗」「美しい」とするならば、里谷の滑りは「強い」のだ。「恐い」とすら感じるときがある。
彼女が本気スイッチを入れたときの滑りは、ギャラリーの歓声は地鳴りのように足元から沸き上がってくる。ヒューヒューピーピーといった高い歓声ではない。理解できない驚異的なものを初めて観た時、喉の奥から自然と絞り出るような呻きに近い叫びがギャラリーからあがるのだ。それも、ひとターンごとに積み重なるようにゆっくりと徐々に高まってゆく。
1994年リレハンメル五輪。私は女子モーグル予選における里谷多英の滑りを見て「凄い選手だ」と感動した。決勝はやや硬い滑りで11位に終わったもののその才能は素晴らしいものだと感じた。
しばらくして、月刊skierが里谷のインタビュー記事を掲載した。私はそのページを切り抜き、事務所の壁に貼り、訪れる人ごとに「この里谷って選手の名前、憶えといてよ。長野でメダル取るから」と吹きまくっていた。
期待半分本気半分のこの発言は4年越しに現実のものとなった。長野五輪以前は「モーグル」と言っても「スキーなのにどこに潜るの?」とよく言われたが、おかげですっかり誰もが知る言葉となった。里谷は一躍、時の人となった。
たしかに、98年の里谷は絶好調だった。ワールドカップでは斑尾3位、猪苗代で1位、フントフェレ1位と表彰台に登り続けていた。
ところが、その後の里谷は2001年にサンデーリバーのワールドカップで2位になるまで表彰台に登ることはなかった。
しかし、02年に入り再び調子があがった。ルカのワールドカップで2位、そしてソルトレーク五輪で3位である。五輪の年にはギアをトップに入れてくる。3大会連続出場して、そのすべての大会で決勝に進出して、2大会でメダルを取った。
なのに、今回はちょっと違ってきてしまっている。
理由の一つは3D系のエアが高得点のカギにとなるルール改正だろう。それにより新たな技にトライせざるをえない。これが未消化のまま、現在に至っているようだ。
そしてもう一つはメンタルな部分である。
だからこそ、いまだからこそ応援したい。
ガンバレ里谷多英。おもいっきり滑れ。
投稿者 fujiwara : 2006年01月17日 10:16
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